今日は、瀬川君の追悼演奏です。
彼が武蔵野音楽院に入学して来たのは僕がまだ30歳代の始めの頃。やたら目が訴える奴でこいつはいけると思い、その後も僕の仕事のアシスタントを暫く頼みました。彼は車の免許も無く自転車で仕事場に来るのもしばしば、こちらがビックリすると涼しい顔と目で「大丈夫です。田舎にいるときはチャリンコで数キロ走ってラーメン食いに行ってました。」こいつもしかしたら仙人みたいな奴?妙にやることの重さから行くと物事軽妙にこなす奴でした。
最後は、グッドマンでの演奏でした。菊地君(べーシスト)と僕と3人での演奏でした。印象に残っているのは、彼の考えた楽器のセットアップでした。ジャズ系の人が殆ど普段は使用しないソロ弦を使用して独特のサウンドを出していました。それが最後ですが良くやっているなが印象でした。中央に寄らずハングリーに貫いた一生は、深く密度あるものだったと思います。
今日はそんな瀬川君を思い出し心に秘めて追悼演奏をいろいろなミュージシャンと演奏します。
瀬川克伸を僕は忘れません。
瀬川君のお師匠様でいらっしゃいましたか。
返信削除彼の音を始めて聞いたのは、同郷バンドの頃でした。
同郷バンドの相方が大学の友人であったので誘われたのでした。始めて聞いた「即興音楽」に頭を殴られた感じでした。
その演奏に刺激されて、小説などを書いていたのですが、もう4半世紀も昔のことです。
2年前に久しぶりに彼の演奏を聴き、変わらぬ音楽へのひた向きさをずっと続けてこられていたことに感銘しておりました。
21日の演奏はすばらしく、本当に瀬川君が来て弾いているようでした。多くの素晴らしいゲストの方の演奏も含めて、あのような演奏を聴く機会を与えてくれた永遠に純粋な音楽少年、瀬川克伸の冥福を祈りたいと思います。